抗がん薬(化学療法)は細胞分裂が活発ながん細胞を攻撃しますが、正常細胞の中でも分裂が速い毛母細胞(毛をつくるもとになる細胞)も攻撃し、脱毛を引き起こします。
乳がんの術前・術後治療で使用されるアンスラサイクリン系やタキサン系の抗がん薬は、特に脱毛率が高く、ほぼ100%の患者さんが脱毛を経験しています。
抗がん薬治療を終えると、通常3~6か月程度で発毛が始まりますが、ドセタキセルを併用した場合、再発毛率の顕著な低下がみられ、永久的な薄毛に悩む患者さんも多くみられます。
国立がん研究センターが2009年におこなった<女性がん患者の抗がん剤治療における苦痛度ランキング>では、第2位の「吐き気」を抑え、第1位は『頭髪の脱毛』でした。
また、同施設が2013年に行った乳がん患者の<治療に伴う身体症状の苦痛度TOP20>でも、第2位の「乳房切除」を抑え、第1位は『脱毛』でした。
現在の抗がん薬治療の副作用対策は急速に進歩し、おう吐や骨髄抑制(貧血や白血球の減少)など、従来患者さんを苦しめてきた副作用は薬で対応できることが多くなりました。
脱毛は命に関わる副作用ではないため、医療者が軽視しがちであることが指摘されていますが、治療をしながら仕事や趣味を両立されている患者さんが増えており、「頭髪の脱毛」による外見の変化は、社会生活を送るうえで大きなストレスを感じる要因となっています。
2019年3月にPaxman Scalp Coolingシステムが「固形がんに対する薬物療法を受ける患者の脱毛抑制」を目的として使用する医療機器として承認されました。
抗がん薬開始前にキャップを装着し、マイナス4℃に冷却した液をキャップ内に循環させ、化学療法中に頭皮を冷却することで毛細血管が収縮する結果、抗がん薬が毛髪に届きにくくなります。また抗がん薬は分裂が活発な細胞を攻撃する特徴がありますが、冷却によって毛母細胞の代謝が低下し、抗がん薬の影響が減弱すると考えられています。
乳がん患者を対象とした国内の治験では、このシステムを使った30人中8人(26.7%)が「50%未満の脱毛でウィッグを必要としない」と2人の医師に判定されました。
システムを使わなかった患者の13人で同じように判定された人は0人で、頭皮冷却の効果が認められました。
頭皮冷却療法の副作用としては、ストラップの締め付けによる顎痛(75%)、頭皮冷却に伴う寒気による不快感(68.8%)、頭痛(71.9%)、額痛(40.6%)、浮動性めまい(40.6%)、悪心(43.8%)などが報告されています。
鶴谷病院では2019年3月より北関東で初の頭皮冷却装置を導入し、現在(2022年4月)までに82人、のべ620回実施しています。
がん化学療法看護認定看護師 門倉紀子